2005-06-01から1ヶ月間の記事一覧

その8 名児の浜辺の住吉

『日本人の認識の誤りを指摘する』 神戸にあった古代の難波 梅村伸雄 会員 歴史の謎解きキーワード「名児の浜辺」から、次に探し出せたのが、人々の崇敬を集める住吉の大神の地である。 嘉応2年(1170)の住吉社歌合に於いて、後白河法皇の皇女斎宮亮子(り…

(21)平家の娘たち(四)(徳子その3)

阪本信子 会員 建礼門院徳子は平家物語によると37歳で寂光院において大往生したことになっています。 寂光院は現在京都観光名所のうち女性たちに人気のあるスポットになっていますが、訪れる人達はここで彼女は死んだと信じ、一族の全てを失った後の彼女の苦…

(2005/07/16) 『法皇被流』

◇『平家物語』講座案内◇ 日 時 7月16日(土)午後1時30分〜 会 場 県民会館 1202号室 講 師 阪本信子会員 会 費 会員 三百円 一般 五百円 内 容 『法皇被流』 清盛悪行の第一といわれる、後白河法皇の城南離宮への幽閉です。 被害者顔の法皇は本当に被…

(2005/07/17)『諸家仕置伺留書』

◇古文書教室ご案内◇ 日 時 7月17日(日)午前10時30分〜 会 場 県民会館 1203号室 講 師 北村六合光会員 会 費 会員 五百円 一般 七百円 テキスト『諸家仕置伺留書』 附札文書による幕府への御伺いの内容は、こんな些細なことまで幕府の指示を仰がね…

その7 名児の浜の田鶴

『日本人の認識の誤りを指摘する』 神戸にあった古代の難波 梅村伸雄 会員 和歌の大御所藤原俊成は、「雨後月といふことを」と題し、『新千載和歌集』に次の様な歌を詠んでいる。 吹き払ふ あなしの風に 雲晴れて なごの門(と)渡る 有明の月

(20)平家の娘たち(三)(徳子その2)

阪本信子 会員 関連資料の極めて少ない徳子について、後世の人たちは様々な人物像に造りあげました。 平家物語の「大原御幸」においては、別人かと思われる程饒舌にしゃべり、堂々とした論理で大独演会を展開しています。 そんなにしゃべれるならば、平家繁…

(2005/08/07)日露戦争を語る

◇8月の例会の案内◇ 日 時 8月7日(日)13時30分〜 会 場 兵庫県民会館304号室 演 題 「日露戦争を語る」 講 師 種子島 経 先生 参加費 会員三百円 一般五百円 クルマ屋一代の私と日露戦争 朝鮮半島、100年前と現在 大津事件、明治24年(18…

境界争いの歴史的考察(4)

中西輝夫 会員 池田家 その4 池田家の系図と直接関係は有りませんが、一族に関わる話として次のようなことがありますので少し述べて見ます。 これは大石内蔵助に関わることです。 小牧長久手で討死した輝政の兄之助の子、由之は幼少のため家督相続が出来ず…

尼崎の歴史 ぶらり報告 五月十四日 (土) 午後一時阪神尼崎駅前から出発したのは総勢三十七人で、天気は良いし、寒くもなく、暑くもなく散歩日和を楽しみました。 歩き出してすぐ、目の前に出現した尼崎城の石垣、ここでの会長による尼崎の歴史説明は室町時代…

(19)平家の娘たち(二)(徳子その1)

阪本信子 会員 清盛の娘の中で一番知名度の高いのは建礼門院徳子でしょう。 母は時子で高倉天皇の中宮となり平家の前途の幸運を約束したかに見える安徳天皇を生んだ女性で、平家が存続していれば殊勲甲の栄誉が与えられる筈でした。 私の女の眼からの厳しい…

その6 名児の浜の赤石

『日本人の認識の誤りを指摘する』 神戸にあった古代の難波 梅村伸雄 会員 では、名児の浜の名の由来は何かと言えば、晩年の定家が「名所」と題して、いにしえの悲しい出来事を詠んでいる。 なごの海人の 潜(かず)く白玉 たまさかに 出でて帰らぬ 闇路とも…

その5 名児の浜

『日本人の認識の誤りを指摘する』 神戸にあった古代の難波 梅村伸雄 会員 神戸の歴史は、古代から中世にかけての古記録が残されていないため、殆ど分からない、と言うのが史学界の哀れな言い訳である。ただ、そのような古記録や埋蔵文化財のみが歴史を実証…

(18)平家の娘たち(一)

阪本信子 会員 現代において皇室と姻戚関係を結ぶメリットは減少し、なるべく皇族との婚姻は遠慮したいくらいです。 しかし平安時代、藤原摂関家は娘を天皇の後宮にいれ、生まれた皇子を天皇にするというやり方で権力、権威を掌握していました。 その意味で…

(2005/06/18) 『行隆之沙汰』

◇『平家物語』講座案内◇ 日 時 6月18日(土)午後1時30分〜 会 場 県民会館 1202号室 講 師 阪本信子会員 会 費 会員 三百円 一般 五百円 内 容 『行隆之沙汰』 治承の政変で浮かぶ者、沈む者。「人間万事塞翁馬」です。