(173) 騙すのも才能のうち

                         阪本信子 会員
 「宇治川の先陣」は平家物語を知らない人でもよく知っている胸躍るお話です。
 当時の機動力は馬しかありませんでしたし、また、戦場においては馬次第で命にも関わるのですから、武士が良い馬を欲しがるのは当然です。
 佐々木高綱は名馬「いけづき」を賜わりたいと申し出ました。頼朝は「他にも欲しいと申し出た者がいるが」と恩に着せて彼に与え、同じく「いけづき」を望んだ梶原景季には「あの馬は自分が乗る」とごまかして、二番手の「するすみ」を与えました。
 一見すると頼朝は佐々木に贔屓していますが、佐々木にしてみればそれに応える為に、一番乗りせねば、生きては帰られぬというプレッシャーは相当なものだったでしょう。
 佐々木は一番乗りを確実にするために、先んじて川に乗り入れようとする梶原に「腹帯がゆるんでいる」と嘘を云い、梶原が馬を下りてそれを確かめている間に、佐々木は馬を川に乗り入れ、一番乗りを果たします。
 手段を選ばず、味方さえ騙して先陣の功を得ようとする凄まじいまでの執念は大したものですが、二人をライバルにして競わせようという頼朝は何枚も役者が上で、騙すテクニックも段違いで、中途半端な詐欺師ではこうはゆきません。
 天下を狙うにはこういう才能も必要なのです。  (つづく)