(146) 皆で渡れば地獄も怖くない

                              阪本信子 会員
 都を落ちた平家は先ず福原に着きました。
 ここで宗盛が皆に言った言葉は、確かに条理は尽くしているとはいえ、愚痴か泣き言に聞こえます。
 たとえ空元気のウソ八百でも、こういう時は士気を鼓舞し、勇気付け、自信を持たせる為に威勢のよさが求められます。
 私は常日頃大きい声で、特に語尾ははっきりと発音するようにしています。これは自分自身を発奮させる為なのですが、往々にして、気の強い女と誤解されております。本当は心身共にか弱いのにね。
 宗盛の言葉は彼の優しい人柄を偲ばせるもので、「檄を飛ばす」には程遠いものでした。
 「我が家にはこれから良い事はないけれど、平家から受けた恩に報いる為に、付いて来ようとは思わないか」では「思いません」と云いたくなるほど迫力のないもので、余程の恩誼、義理がない限り逃げたくなるでしょう。
 しかし「平家物語」では、この頼りない主君に「どこまでも付いて行きます」と家来たちは健気に答えています。
 これは、この時代の武士気質から見れば殆ど信じられないことで、ましてや清盛の弟の頼盛も逃げているのですから、一行を離れるのは気分的に軽くなっている筈です。
 その上、今まで持っていた特権は失われ、これらを回復できる可能性は殆どない。最後まで行を共にした者たちの精神的な結束が、私が平家滅亡の物語を読む時、安らぎを感じさせてくれるのです。(つづく)