(141) 都に残りたい妻

                              阪本信子 会員
 都落ちの時、平家公達の中には妻子を同伴するものもあり、また残してゆく者もいました。「平家物語」では残し組の維盛について妻子との別れを長々と語っています。
 彼は25歳、宮中でも大評判のイケメンで、その容姿は「建礼門院右京大夫集」の中で実際に見たことのある右京大夫がそれを証明しています。
 彼の妻もそれに劣らず美女との評判は高く、父藤原成親法皇のお傍に入れようと御内意も頂いていたのですが、娘は維盛を恋い慕い、父も彼なら不足ない相手だと美男美女の夫婦が出来上がりました。相思相愛の二人であったのは確かでしょう。
 しかし、私は当時の夫婦、家族形態から見て自分の意志で平家一門と同行せず、都に住み続けたい妻は大勢いた筈と思います。中でも都に親戚のいる貴族の娘、例えば平清経や維盛の北の方などもそうであったろうと想像します。
 「平家物語」での維盛と妻子の別れは悲痛感溢れる涙々で、心ならずも戦いによって別れねばならぬ悲劇を書いています。
 二人の子をなした夫との別れは確かに只ならぬことと思いますが、時が過ぎるとそれなりに安定した日々が訪れます。
 後に彼女が吉田経房と再婚したのも、当時の女性としては当たり前のことで、彼女の心の傷は夫の死ではなく、どちらかと言えば平家嫡流としての運命から逃れられない息子六代の将来のことだったろうと思うのです。
 平家一門の妻たちが全て夫の傍に居ることを望んでいたというのは男である作者の勘違いで、夫より都を選んだ妻もいたのです。    (つづく)