(129) 信子随筆 「槿花一日自ら栄を為す」

                              阪本信子 会員
 散歩の途中、あちこちの庭に咲いている盛りの槿花(むくげ、木槿)の花を見て、ああ夏だなあと思う。夾竹桃もそうですが、こちらは何となく夏らしい暑苦しさがあり、猛暑の到来を知らせてくれます。
 槿花は韓国の国花で、無窮花(ムグンファ)と称され、「毎日毎日窮する事なく花が咲く」という意味らしいのですが、日本人にはその儚なさゆえに愛でる人が多いようです。
 「槿花一朝の夢」、「槿花一晨の栄」ともいわれます。
 古くには「あさがお」として記載されていますが、朝咲いて夕方にはしぼむ朝顔と同じ一日花として、人の世の栄華の短く儚い例えとされ、文学にも哲学的風景の小道具として用いられています。
 「道のべの木槿は馬にくわれけり」芭蕉は『野ざらし紀行』の中でこう詠んでいますが、捨て子が泣いているのを見ても、どうしようもなく心を残して行過ぎたが、乗っていた馬が道端の木槿の花をパクリと食べた。彼は人知を超えた神秘的運命をここに見たのです。
 一方、白楽天は「槿花一日自ら栄を為す」と詠っていますが、これも栄華は長続きしないということでしょう。
 石川丈山詩仙堂での月見の宴で、平家琵琶奏者が髪を包んだ頭巾に木槿を挿していたのも、平家物語に相応しい花だと思ったのかもしれません。(つづく)