(102) 平家が得する事は大嫌い
阪本信子 会員
平家にとって頼朝をはじめ反平家勢力は滅ぼさなくては一族存続は不可能です。
しかし、法皇を始め朝廷貴族たちは平家であろうと、源氏であろうと自分達の利益が確保できればよいのであり、平家のようにどうしても亡ぼさなくてはという意識はありません。
彼らが理想としたのは嘗ての摂関時代のように源平両氏を召使い、互いに牽制、拮抗させることによって両勢力を削減し、自分達の武力として利用することでした。
これまでは、平家が専門に軍事を担当する唯一の武力として機能していましたが、今では軍事部門のみならず、政治部門にまでも平家勢力は拡大しています。
しかし、今の平家は清盛が死に、体制は崩壊しつつあり、その上、後白河法皇の院政復活となれば、自分達貴族が主導権を握れる絶好のチャンスで、こんなときに平家のお先棒を担ぐ源氏追討の議決をするのは愚の骨頂で、今こそ平家独占の軍事部門に源氏を入れることができれば、かつての貴族全盛の時代が再来するのも夢ではないと考えていました。
だから法皇は宗盛の気持を十分知った上で、それに反した宥和策をとり、源氏の出方を見ようとしたのです。
貴族たちは清盛の死以来、刻々と伝わってくる平家凋落の気配を感じ、往昔の貴族時代を期待していました。
しかし、頼朝の鎌倉政権は清盛よりも異質にして、強力な武家政権であり、期待は完全に裏切られ「ああ、平家のほうが良かった」とボヤク者も沢山いたことでしょう。 (つづく)