(86)ちっとも哀れじゃない美女小督

                              阪本信子 会員
 「平家物語」中、屈指の名文の一つといわれるのが、「小督」で、作者は「源氏物語」の桐壷更衣と桐壺帝の悲恋再現をイメージしています。
 はっきり言ってこれは清盛の悪行捏造が目的で、作者が力を入れて悲劇の美女としたい小督の実像は、かなり気の強い、しっかりした女であったろうと推察できます。
 彼女は天皇付の女房で、これを言い換えれば天皇の生簀で泳いでいる魚のようなもので、平家作者のいうように中宮徳子が天皇をお慰めしようと薦めるまでもなく、これ程の美女を女性依存症の高倉が放っておく手はありません。
 彼女は目撃者が語る正真正銘の美女で、藤原定家の姉、健寿御前が仕える建春門院滋子と後白河法皇の御所に高倉天皇行幸された時、天皇に従ってきた彼女に健寿御前が会い、「日記」には女から見ても文句なしの美しさを記している。
 清盛は婿二人、高倉天皇と冷泉隆房が彼女に心を奪われているのを怒り、彼女は身を隠しました。天皇は仲国に彼女を探がさせ、再び宮中にお召しになり、皇女をもうけた。
 しかし、これは順序が逆で小督が姿を消したのは皇女を産んでからのことで、後に出家したのは彼女自身の意志であり、隆房の恋人だったのを天皇が御召しになったのでなく、天皇が寵愛される小督に隆房が恋慕したのであり、隆房集からは通う男は隆房ばかりでない様子も伺われる。
 一方、天皇の方も女にかけては相当なもので、純愛とは縁のないお方です。平家物語の哀れな美女物語は眉につばをつけて聞くべきでしょう。 (つづく)