(56)文覚上人は非行少年だった

                                     阪本信子 会員
 平家物語の中の文覚に関する話は、はっきりいって実に興ざめなもので、文覚の異常性格ばかりが目につきます。
 本当にそうであったかもしれません。彼の奇矯、偏屈、目的遂行のためならば猪突猛進で、相手かまわず非常識であろうが何でもやる性格は貴族の日記の中にも書かれていますが、皆さんにはドラマや文学作品でお馴染みの「袈裟と盛遠」における渡辺の遠藤武者盛遠、その人が文覚であると言った方がよくおわかりでしょう。
 この話は「源平盛衰記」「平家物語・延慶本など読み本系」にあります。
 十九歳の彼は一方的に人妻である袈裟御前に横恋慕したストーカーで、彼女の夫を殺したつもりが彼女本人であったと知って発心、出家したという話です。
 現代社会ならばとんでもない非行少年で、出家したぐらいで許される筈もないのにと思うのですが、物語では夫の渡辺渡も出家していて、「彼女の死が二人を発心させた」のですから、めでたしめでたしで終わっており、後世まで「貞女の鑑」と讃えられています。
しかし、実に身勝手な話で彼女の命の代償として、二人の男の出家位ですませられるものでしょうか。
 実に矛盾した話ですが、これは中国の『古烈女伝』の話をリメイクしたものです。
 しかし、京都の恋塚寺には袈裟を挟んで盛遠と夫の渡の木像が仲良く並んでいて、死んでも袈裟は三角関係に悩んでいることでしょう。(つづく)