(55)インチキ煽動家、文覚上人

                                     阪本信子 会員
 平家物語の中で頼朝の挙兵を決心させたのは高尾の荒聖、文覚上人ということになっていて、平家作者はしつこく四章に亙って文覚の話にページをさいている。
 頼朝を説得する文覚の言葉を綴る平家物語の文章は創作でしょうが、本筋については百パーセント否定する証もなく、可能性はあります。
 文覚は神護寺修復のためならば、手段を選ばず、無断で後白河上皇の御所に乱入して荘園を乞うという非常識な行動で、伊豆へ流罪となっています。
 彼は頼朝の流されていた伊豆韮山蛭が小島とは指呼の場所に居住し、6年の流人であった間に頼朝と顔を合わせていた可能性はあります。
 しかし、彼は頼朝が以仁王の令旨を手にした2年前に許されて都に帰っており、当時文覚は伊豆にはいなかったのですが、作者にとって頼朝に挙兵を決心させたドラマチックなエピソードが必要なのであり、一役買ったのが知名度の高い文覚上人だったのです。
 どこの誰のものとも知れない怪しげなしゃれこうべを持ち出して、これが父義朝の首だといって激しく頼朝の復讐心を掻き立て、観相見になりすまし「天下の将軍となられる人相をしていらっしゃる」と煽て上げる。
 文覚がこのように言ったかどうかはわかりませんが、それによって頼朝が大事を決心したとしたら、文覚は天才的詐欺師といえるかもしれません。(つづく)