(9)平家繁栄

                                  阪本信子 会員
http://d.hatena.ne.jp/hyogorekiken/20050328 からの続き
 金の力でのし上がった新興貴族といわれた平家ですが、勿論財力があれば全て成功するというものではありません。
 父忠盛が死んだ時、当時宮中きっての毒舌家にして、文句と小言のネタに事欠かない屁理屈屋、左大臣藤原頼長でさえ日記にこのように書いています。
 「富巨万を重ね、武威人に過ぐ。しかれども人となり恭倹にして、未だかつて奢侈の行いあらず。時の人これを惜しむ」つまり、財産家で武勇の人でありながら、人柄は気前がよくて、地味で目立たず、偉ぶらず皆から好かれる人間だった。そして、彼の死を皆が惜しんだというのです。
 勿論、忠盛は頼長にも十分な配慮を欠かさなかったでしょうが、この記述は満更、死者への社交辞令というわけではなさそうで、清盛にしても「十訓抄」の中では、召使の末に至るまでの細やかな心遣いが書かれています。
 平家繁栄の原因が膨大な財物献贈政策だけではないのは明らかです。しかし、平家の亡びの原因を清盛悪行のせいだとしたい作者の意図からすれば、賞賛さるべき清盛の風格は書きたくありませんでした。
 皮肉なことに作者は彼の悪行を書いているつもりの文章なのに、現代人である私たちはそれを読むと、かえって清盛の偉大さを認識できるという結果になっている事を作者は想像できたでしょうか、出来るはずはなかったでしょう。