(89)お人よし義仲は都人のカモ

                              阪本信子 会員

 私が義仲を高く評価するのは、大権門平家一族を京都から追いだしたという歴史的役割もさることながら、彼の人となりに魅かれたからです。
 平家物語「猫間」では京都人から見た彼の無作法、野卑、物知らずを笑い、乗りなれない牛車に困っている彼に牛飼いが「手かた」につかまればよいと教えてくれると、彼は「なるほど」と感心し、感謝している人の良さ。
 京都人の陰湿な意地悪を察知できない善良さ、素直さは都会人の軽蔑する田舎者の特質かもしれませんが、頼朝、義経と違って木曽の富裕な中原家の家庭環境の中で、競争社会を知らずに育ったという「育ちの良さ」がはぐくんだものでしょう。
 頼朝に追い出された厄介な叔父たちを抱えこんで見捨てられなかった優しさも、かえって彼を苦しい立場においやります。
 唯一の、しかし致命的な欠陥は政治性の欠如ですが、これについては多くの人々が共感を感ずるところです。
 「判官贔屓」には多くの場合、能力があり、実績を上げながら、政治性のなさで敗者となっている人物が対象となっていて、負け組みに甘んじている一般庶民の共感、同情を生んでいます。
 政治家として必要な酷薄さ厳格さが、せめて頼朝の半分でもあればと惜しまれます。
 しかし、結果的にみて義仲軍は京都に幸いより災いをもたらしました。それには理由ありと弁明しても事実は事実で、その分義経の方に判官贔屓の軍配があがるのは仕方のないことでしょう。(つづく)