(29)芝居っ気たっぷりの俊寛の悲劇

                                     阪本信子 会員
 平家作者は信仰心のない人間を仕立て上げ、容赦なく悲しい結末を用意しています。
 逆に言えば、悲しい結末には多少に関わらず信仰心の有無が関わっているということです。
 その悲劇の人が俊寛です。
 俊寛の記述は赦免使と成経、康頼を乗せた船が島を離れる時に焦点が絞られています。
 そして俊寛の悲劇性をより高める為に、多くの工夫がこらされています。
 赦免状の隅から隅まで、表から裏返して何度もよみかえしたが、自分の名前はない。出てゆく船にすがりつき、船が沖にでると砂浜で足摺をして幼児のように「つれてゆけ」と喚き叫ぶ、このシーンは歌舞伎「平家女護が島」の一幕「俊寛」でもお馴染みです。
 こういう設定演出は全ての人にとって、十分その悲しみを我が身のことになぞらえて実感できるものです。
 歌舞伎公演がこの一幕に限られることが多いのもその為ですし、海外公演でもこの一幕は好評を博しています。案外、彼らはロビンソン・クルーソーをイメージしているのかも知れません。現代人の孤独を衝いた面白いテーマかも知れません。
 文章的に言えばこの章は素晴らしく、俊寛の都恋しの情を語り、併せて彼を悲運に陥れた清盛の横暴を感じさせるという目的を十分に果たしています。        (つづく)