(25) 成親の場合

                                     阪本信子 会員
 平家打倒を目指した鹿の谷事件の背後には、複雑な当時の政治的要因があるのですが、平家物語は庶民をも含む聴衆を対象とした、琵琶法師の語る台本であり、庶民には難しい話はわからないし、面白くもないでしょう。
 そこで作者が考え出したのが、成親と言う男の大将というポストへの執着心がそのきっかけであったと言う単純な話で、大筋はともかく、ディテールは嘘の積み重ねです。大体物語に確実な事実の記述を求めること自体無理なことですし、また不必要なのかもしれません。
 しかし、出世競争社会の中で一人の男が平家へ抱く嫉妬の情は、人間の本質を衝いたテーマとして現代人も共感できるでしょうし、最後の神頼み、仏頼みに当時の信仰のあり方がわかります。
 真の信仰不在といわれる現代でも神頼みの天満宮詣は条理を超えて盛んに行われています。
 サラリーマンの競争心理は嫉妬によるところ大ですが、嫉妬心はある場合はバネとなって人を育てるものです。しかし、人によっては自分が成長するのでなく、相手を引きずり落すことで、嫉妬心を解消させようとする場合があります。
 「隣の貧乏は鴨の味」という江戸川柳は浅ましいものですが、庶民感情をよく表しています。
 藤原成親は平家を引きずり落すという手段をとりました。
 所詮、彼はその程度の人間だったのでしょう。  (つづく)